エッセイストで、洋書レビュアー、翻訳家、マーケティング・ストラテジー会社共同経営者でもある渡辺由佳里 Yukari Watanabe Scottさんの、「才能を殺さない教育 第三章 子供の発達に合わせた学校教育(3)」の内容が興味深く参考になると思う。
以下に紹介するような先生は、残念ながら稀有で得難いのだろうが・・・。
「私の娘が高校で『数学は勉強しなくてもわかる』というレベルに達したのには、3つの理由があると私は信じている。
ひとつは、幼いときに高速計算練習をしなかったことである。
もうひとつは、そういう同級生(と彼らの母親たち)に馬鹿にされて『私は数学ができない』と悲観している彼女に、『早く計算できることと数学ができることは同じではない。後にそれを証明してみせるから、お母さんを信じなさい』と自信を持って約束し続けたこと。
そして最後に、中学校で理想的な数学教師(ロシア出身の数学教師タチアナ・フィンケルスタイン)を獲得したことである。」
「全国的に有名なレキシントン高校の数学チームでキャプテンを務めるジュリア・ジェングは、両親がそろってアイビーリーグの大学院を卒業した中国人だが、(アジア系移民としては)ユニークな教育方針のために幼いときに高速計算練習をさせられていない。
だから、私の娘のように小学校時代は算数が嫌いで『私は数学ができない』と信じていた。
空想好きで小学生のときからファンタジー小説を書いて友達に読ませていたジュリアの得意科目は国語だった。
そんな彼女を数学好きにしたのは、フィンケルスタインが新入生に勧めるミヒャエル・エンデの『果てしない物語』とアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリの『星の王子様』だった。
フィンケルスタインの言葉に耳を傾けているうち、ファンタジーと数学の世界には共通点があると思うようになった。
ひとつの謎を解くたびに、物語の真相に近づいてゆくのがゾクゾクするほど面白い。
謎を解く鍵である数学理論をもっと知りたいと思ったのが数学好きになるきっかけだった。」
「フィンケルスタインは簡単に答えを与えず何週間も悩ませておく。
思考する過程こそが重要だと思っているからだ。
だから時間ができると生徒は自主的に黒板に集まってああでもない、こうでもないと言い合う。
『この問題は、outside box(箱の外、つまり既定の思考の枠組の外で考える。独創的という意味)でないとダメだ……』独り言を大声でつぶやきながら、黒板に箱の絵を描いている子もいる。
一日じっくりひとつの教科を学ぶ『プロジェクトデー』でオイラー閉路やハミルトン閉路を試みるのも同様の理由だ。
これらは、『一筆書き』のようにそれぞれグラフのすべての辺、あるいは点を一度だけ通る閉路のことで、大学のグラフ理論で研究されたりする難問だ。」
「教科書を使わないので親も子も気づかないが、ノートや宿題を見ると、6年生の9月から5月までのたった9ヶ月で素因数分解や連立方程式、不等式だけでなく、円の性質や確率、平方根、ピタゴラスの定理と証明、相似図形など日本の中学3年間で教わることをほとんど学んでいる。」
「私の娘は中学の推薦で13歳のときに大学入学選考に使われる共通試験のSATを受け、数学で4問ケアレスミスをしただけで残りは全問正解だった。
試験のための勉強はまったくしていない。
すべて学校で学んだ知識だけで十分答えられる内容だったという。
教科書を使い、放課後に塾に通う生徒たちよりもフィンケルスタインの生徒が数学ができるようになるのは、生徒に自分の頭を使って謎を解くことの喜びを教えるからである。」
IT起業研究所ITInvC代表 小松仁