スタンフォード大学アジア太平洋研究所Research Scholarで、「Stanford Silicon Valley - New Japan Project」のプロジェクトリーダーを務める櫛田健児さんが、大企業がスタートアップと連携する有力な活動形態であるコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)が陥りがちなワーストプラクティスについて話している内容が興味深く参考になると思う。
CVCの歴史的始まりは1914年、DuPontが上場前のGeneral Motorsに出資した時とされ、当時から1990年までのCVCは、大企業の事業多角化への取っ掛かりとして活用されていたという。
1990年代以降、アメリカの大企業がオープンイノベーションを推進する中で、CVCは新たなR&Dの手法として急速に注目されるようになり、大企業が新たな技術領域のスタートアップへ出資し、勝ちが見えたら買収するという方法ということらしい。
大企業にとって、CVCはスタートアップと付き合う有力な手段となるが、この他にも、たとえば、CVCの活動を通して新たな技術動向を把握したり、自分たちがディスラプトされる前に新たな技術・ビジネスモデルを導入でき、社内で起業家精神を醸成することにも活用できるという。
スタートアップ投資は、大きな工場を作るとか、中堅企業を買収するといったことに比べれば安く、大手企業の研究開発予算に比べても安いものであり、資金的なリスクが小さいので、日本の大手企業が、複数の戦略の一部としてCVCをやらない理由はないとしている。
(1)目的が曖昧なままCVCを設立する。
CVCの場合、一般的にはフィナンシャルリターンだけでなく、ストラテジックリターンも得なければならないというミッションである。しかし、ストラテジックと言っても目的は様々で、M&Aのためのパイプラインなのか、R&Dのギャップを埋めるものなのか、違う分野から来るディスラプションを見張るためなのか、社内の意識改革のためなのか、それともIntelやAppleのように自分たちのビジネスエコシステムを強化するプラットフォーム戦略の一環なのか、目的は様々となる。
(2)チーム内にVC投資ができる人、事業部連携のできる人がいない。
(3)投資チームにサラリーマン向けの報酬制度を適用する。
(4)メンバーが「サラリーマンタイマー(3年任期)」で途中でいなくなる。
日本企業の駐在員制度は、CVCとは絶望的に合わない。なぜ3年任期がダメか、本来のトップVCというのは、そもそも10年のファンドの場合、急成長スタートアップが特大ホームランとなって大きなリターンを出すのは最後の方で、それまでは赤字であることが珍しくない。ポートフォリオとして考えたファンドのパフォーマンスはこの特大場外ホームラン一発にかかってる。最初の3年で立ち上げて投資をして、次の3年で多くの投資先を整理してそのほとんどを潰すか売り飛ばすということをする。そして最後の3年になって、一番急成長しそうなところがとことんマイナス収益になっているとして、そこで一気に猛烈な黒字化を目指して押し進めるか大型M&AやIPOを狙うわけだという。
これを3〜5年任期の日本企業駐在員がマネージしようとすると、最初の3年は投資先のポートフォリオがマイナスのままだと自分の評価がマイナスになるのを恐れる。ましては大手メディアに勘違いされるか、あるいは悪意のある形で「◯×企業、投資ファンド赤字」などと書かれると、VCの本質がわかっていない上司や上層部から批判される。そこで駐在員は場外ホームランではなくて短期間で黒字化できるシングルヒット、ツーベースヒット案件を狙うインセンティブが働くが、そんなに早くから黒字化できるような案件は、リスクも小さい分だけ事業インパクトも小さくなりがちである。
(5)フィナンシャルリターンを追及しない。
CVCはストラテジックリターンがあるので、フィナンシャルリターンを最大化させる必要がないとするが、現実的にはフィナンシャルリターンがマイナスだと活動の継続は難しくなる。赤字の事業部が撤退させられるように、フィナンシャルリターンがマイナスのCVCも撤退の検討対象になるからである。
(6)スタートアップは「お金に困っている」と思い込む。
シリーズB、Cくらいのスタートアップになると、それほどお金を必要としておらず、特に事業会社から資金調達しようと思っていない。スタートアップが事業会社に求めているのは、グローバルの販売チャネルであったり、量産化の技術であったりするわけで、スタートアップが本当に欲しいものを聞き、それを提供する姿勢が必要である。
(7)大量の社内承認が必要で、いつも動きが遅い。
スタートアップはまだステージが早ければ早いほど、磨き込まれた資料を準備できていない。まだ資料や大企業スタイルの事業計画の完成度が低く、そういった資料を大企業内で回すと、ツッコミどころがたくさん出てきて、なかなか承認が取れないことになる。
この解決策としてはCFOやCTOなどのライン一本でシンプルに決裁することだという。こういったエグゼグティブたちは大きな予算を常に見ているので、それに比べてスタートアップ投資の額は小さく見え、何百億、何千億円単位のプロジェクトを回している人からすれば、数千万円、数億円程度の投資はスピーディーに話が進むとしている。
(8)とりあえずアクセラレータをやろうとする。
アクセラレータというのは、本当は来てほしいスタートアップほど来てくれないものだという。大企業からすれば「われわれは世界的な大企業だからアクセラレータをすればスタートアップも来るはずだ」と考えがちだが、一般的にCVCの評判が高くない中、なぜアクセラレータにスタートアップが来るのだろうか?、 優秀なスタートアップはY Combinatorではなく、大企業のアクセラレータを選ぶか? 、そんなはずはないという。
実際のところ、来たスタートアップはプログラムに魅力を感じたというより、他に資金調達の選択肢がない可能性が高い。他に資金調達の選択肢がたくさんあるスタートアップの方がVCから優秀と見なされているわけで、急成長して競争相手を淘汰していく可能性が高く、逆説的だが来てくれないスタートアップにこそ投資するべきである。
(9)トップのサポートがなく、CVCと事業部の連携が断絶する。
(10)バブルの頃にやってきて業績が悪くなるとすぐに撤退する。
IT起業研究所ITInvC代表 小松仁