シリコンバレーのTechMom海部美知さん(ENOTECH Consulting CEO 経営コンサルタント)が、「シリコンバレーの『詐欺』と『破壊』の一線——あるスタートアップの栄光と没落から考える」で伝えている内容が興味深く参考になると思う。
『Bad Blood - Secrets and Lies in SiliconValley Startup(バッド・ブラッド - シリコンバレー・スタートアップの秘密と嘘)』という本は、9月に完全に消滅したTheranos(セラノス)というベンチャーの栄光と没落のドキュメンタリーのようだ。
同社は、「一滴の血液で、あらゆる血液検査を迅速にできる革新的な技術を開発した」ことをうたって2003年に創業した医療ベンチャーで、2017年までに合計7億ドル(約700億円)を調達、ピーク時で時価総額が100億ドル(1兆円)にまでなったとされている。
結局、このベンチャーの「画期的技術」は実は中身がなく、そのオペレーションはほとんど詐欺と脅迫で成り立っていることがバレてしまい、没落に至る。
スティーブ・ジョブズの場合、彼がとんでもない理想で大風呂敷を広げ、それに技術があとからついてきて実現するという形で、アップルはイノベーションを推進した。
アップルがあまりに大成功したために、「既存の秩序を破壊するほど(ディスラプティブ)のイノベーションは、こうした強引なやり方がある程度なければできない」と信じられ称賛され、場合によってはその理想を実現するために従業員を追い詰める「ブラック企業」であっても仕方ない、という考え方がシリコンバレーでは有力であるらしい。
『Bad Blood』の中で、この風潮は「Fake it till you make it」(できるまではごまかせ)と表現され、マイクロソフトもアップルも、過去に何度もこういうことを経てきていると指摘されているようだ。
シリコンバレー在住でベンチャーとのつきあいが長い、コンサルタントの渡辺千賀さんは、ブログの中で「なぜジョブズは成功しホームズは失敗したのか」について書いているのが、判りやすく参考になると思う。
「コア技術の著しい進歩という背景があったからこそ、それまで『できそうでできなかったもの』『できたけれどイマイチだったもの』をコンセプトとして押し出し、それを世の広めるエバンジェリストであるジョブズのような人が成功できた。一方、エリザベス・ホームズが目指した『一滴の血液で数百種類の血液検査を可能にする』というゴールは技術的に不可能だった」
「これだけの大規模増資ならばほぼ必ず含まれているはずのセコイアやアンドリーセン・ホロウィッツなどの大手ファンドが全く投資家リストにない。これは、シリコンバレーのベンチャーとしては異例なことである。」
「シリコバレーを代表する大手ファンドであり、医療系ベンチャーにも数々の投資をしてきたグーグル・ベンチャーズ(GV)の代表は、『何度かセラノスへの投資を検討したが、あまりに不明瞭な点が多かったため投資しなかった』と話している。実際GVの社員がセラノスの検査所に血液検査を受けに行ったら、指先からではなく腕から静脈血をたくさん取っていることが判明し、『宣伝に偽りあり』と判断したとも言っている」
「誰かがほめていたから」ではなく、「自分の目で見て判断する」ことができるかどうかが、こうした嘘を見破れるかどうかの違いとなる。
そして、その判断力を養うには、現場の話を聞いたり現場を見たり、製品を使ってみたり、文献を読み込んだりなどといった「汗をかく」ことが必要である。シリコンバレーでベンチャー投資をしようとする日本企業が最近多いが、「現実歪曲空間」を称賛する空気や、有名人を並べたハッタリにだまされないようにするためには、結局「自分で苦労して経験を積む」ことしかない、と渡辺さんが結論づけているのは、まさに的を射ていると思う。
IT起業研究所ITInvC代表 小松仁